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結婚式場 ラヴィーナをお育て頂いた「忘れられないお客様」の続きです。

私が大阪の式場に勤務している時でした。
担当のバトラーから相談を受けました。
「新婦様のお母さんが病気で入院されまして、結婚式にも参列できないそうです。」
新婦様から相談を受けたのですが、何かしてあげられることはないでしょうか?と。

新婦様は急なことで、何をどうしたらいいのかわからなかったそうです。
結婚式まで、1ケ月に迫っていました。

ブライズフォト(結婚式の前撮り写真撮影)の時に、ドレス・タキシード姿で病院に行って、お母さんにお二人の姿を見せてあげるのはどうだろうね。

早速、バトラーは新婦様に連絡を取ると是非やりたいと返事がありました。
ブライズフォトまで、後1週間でした。

入院されている病院に行き、事情を話しましたところ、ドレス・タキシード姿での来院は困りますが、お部屋を用意しますので、そこで着替えて下さいとご協力を約束していただきました。

写真撮影までに、お父さんと新婦様があいさつに来られました。
お二人とも、お母さんに何かしてあげたいけれど、何をどうしたらいいのかわからなくて、大変困っていた時に、式場側から提案があったことを大変喜ばれていました。
特に、お父さんが感激されていました。

ブライズフォトの準備とともに、病院行きの準備をしました。
美容師の手配、車の手配、お母さんへの花束の手配、指輪交換の準備等。

ブライズフォト当日、写真撮影も無事終了し、式場担当者も含め病院へ行きました。

病室には、お医者さん、看護師さん、患者さん等30名近くお揃いでした。
控室で、ヘアメイクを行い、ドレスタキシード姿になって病室へ新郎新婦が入ると
大きな拍手で迎えられました。
その部屋の全員が泣いていました。
花嫁様のお母さんへの感謝の言葉と、花束贈呈、そして新郎の言葉と指輪交換を行いました。

お母さんも、笑顔でお二人を見守り、花束を受け取り大変嬉しそうでした。
病室全体が、涙と温かさと拍手で一体となりました。
結婚式当日も温かい雰囲気で進行し、当日もう一つのサプライズを用意しました。

お母さんからのビデオメッセージです。
娘のウエディングドレス姿を見られて、大変嬉しくかったこと、二人力を合わせて私たちのような幸せな家庭を築いてほしいことが流されました。

担当バトラーのなんとかしてあげたいの一途な思いが、結婚式だけでなくご家族の思いをかたちにできたことでした。
ご家族の幸せを願わずにはいられません。

皆さんこんにちは。
お元気でお過ごしですか?

結婚式場ラヴィーナを育てて頂いた忘れられないお客様を想い出しながら書いてみます。

姫路大和殿は、昭和54年9月にオープンしました。
確かオープン記念だったと思いますが、感謝祭を開催しました。
その時に、「結婚式を一組様にプレゼント」という企画で募集を行いました。
自薦・他薦を問わずで、たくさんの応募がありました。

当選されたのは、お子さんたちが応募された50代半ばくらいのご夫婦でした。
子供さんたちは、20代ぐらいだったと思いますが、ご両親は若い時に苦労して
結婚式を挙げずに今まで来たので、私たち子供も大きくなり少し落ち着いたのを機に結婚式を挙げさせたいと応募してこられました。

私は、その企画の担当になりまして、最初から最後までそのご夫婦と打ち合わせをさせていただきました。

その結婚式のプレゼントには、ひとつ条件がありまして、当日は感謝祭でたくさんのお客様(500名様位)が来場されていまして

結婚式の後、その衣装で舞台に登場してインタビューを受けていただくというものでした。

私は、前もってお話はしていましたが、そんなたくさんのお客様の前に出るのは
恥ずかしく、躊躇されるかもと少し案じていました。

でも、そのご夫婦は潔く出演していただき、しかも笑顔で堂々とインタビューにお答え頂き、

ご協力していただきました。

出演も無事終わり、お子さん達とお帰りになる際玄関で見送りをしました。
その時に、お二人からこんなお言葉を頂きました。
「今日は、本当にお世話になりました。私たち最高の結婚記念日になりました。
大須賀さん、私たち夫婦は一生あなたのお名前を忘れません。」
入社一年目の私に、結婚式の大切さを教えていただいた最初のお客様でした。

皆さんこんにちは。

雪之介です。

半年前くらいでしょうか、新聞の随想に載っていました。
ちょっといい話でしたので何かの機会にと思い切り抜いて手帳に挟んでいました。
シンガーソングライターBOROさんの記事でした。
ちょっと長いですが、全文載せます。

「人情はありますか?」
16歳の時に、私の最大の理解者だった母が天国へ。
高校に入学したものの、私の音楽への夢が理解できない父との二人暮らし。
思い通りにならない現実の中で思い悩み、無謀にも東京へ家出することを決意しました。

しかし、高校生の私に東京へ行く旅費などありません。
そこで、働いて旅費を稼ぐことにし、川西の鉄工所でアルバイトを始めた。
朝から晩まで休みなしで機械が動く中、「東京へ行く!東京へ行って音楽をやる!」
という思いだけが私を突き動かしていた。

工場で出してもらう昼食が唯一の食事。
残業をすると夕食も出してくれたので、なるべく残業をさせてもらった。
小さな町工場の社長さんも奥さんも人情に溢れていた。
当時の旅費もアルバイト代もすっかり忘れてしまったが、片道の切符代が貯まれば
黙って消えるつもりだった。
家出だから、とうぜん野宿で、田んぼの道具入れで寝たり、大きな工場の軒先で寝たり。
11月の寒空の下でも夢見る青年の体温は熱かった・・・・・。
結局、目的の片道切符代が貯まる前に警察に保護され、家出は失敗に終わった。
退学覚悟で父と高校に挨拶に行った時、担任の上杉先生は
「彼は音楽しか頭にありませんよ!お父さん、認めてやったらどうですか?ただし、
二十歳まで」と父に話してくれた。

自分の夢を解ってくれる大人なんていない!と思っていた私は、上杉先生のその一言に涙があふれ出て止まらなかった。
おかげで退学は免れ無事高校を卒業した。

この家出の旅は私が人情に触れて歩いた旅のような気がします。
鉄を打つ町にも、学校にも、警察にも人情があった。

今、皆さんの町に人情はありますか?

という文章でした。

ラヴィーナ相生は、相生高校のすぐそばにあります。
朝夕に高校生たちが、ラヴィーナの前を通って行きます。
私は、心の中で「諸君、自分の夢に向かって頑張って下さい。」と
いつも声援を送っています。
それでは、又。
雪之介のちょっといい話 ② でした。

皆さんこんにちは。

雪之介です。

世間には、「ちょっといい話」が星空のようにあちらこちらに

散らばっていて、人々の気持ちを優しくしてくれています。

そんな「ちょっといい話」を極たまに

綴って皆様にお伝えできればと思っています。

 

先日こんな話が、新聞に載っていました。

「松山千春さん機転、機内で歌う!!」

 

歌手の松山千春さんが搭乗した、北海道発大阪行き全日空機の

出発が整備で約1時間遅れたそうです。

そのため機内で乗客が騒がしくなってきました。

 

松山さんは、客室乗務員に「みんなイライラしています。」と申し出て

機長の許可を得て機内放送用のマイクを使って

「大空と大地の中で」の冒頭を歌い

「もう少しお待ちください。」などと話したそうです。

 

機内は、拍手喝采になり和やかになったということです。

 

いい機転ですね。

音楽は、人々の生活の中に染み込み、心を癒してくれています。

 

結婚式でも、たくさんの曲が使われます。

今は、曲と歌詞にさらに映像が加わり

よりお客様の想像力を描きたてています。

 

皆さんの記憶に残る曲は何でしょうか?

 

 

それでは、又

「雪之介のちょっといい話 ①」でした。

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